magnolia~日々是好日

雑記帳。日々のできごと。思いつくままに。 本館『magnolia』の日記代わり。

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KY

若者の言葉というものは、いつの時代も上の世代のものからは何を言っているのかさっぱりわからなくて、
ある意味仲間同士だけで通じる「隠語」のようなものだ。

前日テレビで最近の若者言葉を解説していて、その中にこの「KY」があった。

これは「空気(K)が読めない(Y)」という意味らしい。

ほ~~、イマドキは若い人のお付き合いで、そんなに「空気を読む」ことが大切なのだな、とちょっと意外な気がした。
若者といえば、コンビニ前や電車の中や道端や、どこでも地面にしゃがみ込み
それこそ通行人の迷惑など考えないで、勝手気ままに行動するものだと思っていたが、
仲間内では空気が読めないと嫌われるのか。


ところで、わたしは自他共に認めるバカ正直人間である。
他人の言うことは、たいてい信じる。
自分も、思ったことしか言葉に出さない。
心にもないことなどは、言えない性質だ。

先日ある掲示板サイトを見ていたら「気がきかない人」という題で、自分の周りの気がきかない人たちを嘆いている投稿があった。
その中の一文を読んでびっくりした。
友人同士で車で移動した際に、駐車場代など相手が「いいよ」と言うと「あ、そう」と言って本当に出さない人がいる、と言うのだ。

「いいよ」と言うなら、本当に「いい」のではないの?
「どうぞ」と言うなら、本当に「どうぞ」ではないの?

「普通、一度は断るものでしょう?」と言われても、じゃあ、何度断られたら本当に「いい」のでしょうか。

「どうぞ」「いいよ」「どうぞ」「いいよ」と、何度繰り返せば、受け取るか引っ込めるか決まるのでしょうか。

本当にそういうのって面倒くさい。
誰かが車を出すなら、駐車場代は残りの人でワリカンで。とか、簡単に決めちゃえばいいのに。

「いい」と言う人も、本当は欲しいなら「ありがとう」と受け取ればいいのに。

こう考えるあたり「超KY」なのかもしれない。


今日、またその掲示板を見ていたら、パン屋さんに勤める人が
子供が落としたパンを取り替えようとしたら、親が「結構ですよ」と言ったので、そのまま精算したところ
後日その人から「結構ですと言っても、取り替えるのが普通でしょう?」とクレームが入ったとか。

ああ、面倒くさい。
取り替えて欲しいなら「結構です」なんて言わなきゃいいのだ。
それについている返事の中に「最低3回は繰り返し聞く」なんていうのもあって、ああ何と面倒なことか・・・。

社交辞令はお付き合いをスムーズにするために必要なものとわかってはいるが、それならば後でクレームをつけるなどという無粋なことも無しにしていただきたい。

「そうは言っても、相手はもう一度すすめてくれるだろう」とか
過度な期待は持たないほうがいいような気がする。
一度断って相手が下がったら、「自分の言ったことを受け入れたのだ」と受け止めれば
世の「気が利く人たち」も、それほど腹が立たないのでは・・・

と、超KYなわたしが言っても、説得力がないのだが(^^;;


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  1. 2007/09/28(金)|
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