magnolia~日々是好日

雑記帳。日々のできごと。思いつくままに。 本館『magnolia』の日記代わり。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--)|
  2. スポンサー広告|
  3. |
  4. トラックバック(-)|
  5. コメント(-)

世界の中心とは、どこだろう?

昨年の暮れから、ちょいハピさんの 『小さなことを喜ぼう!』 にお邪魔している。

きっかけは、わたしの好きな作家U・K・ル=グウィンのことが書いてあったからだ。
実生活で、ル=グウィンについて語り合った友達を持たなかったわたしは、とっても嬉しかったのだ。
(密かにSFを愛読する、マニアックな少女だったのです(^^)

ル=グウィンの描く世界は、子供心にとても難解で、けれども不思議に心惹かれて少しずつ読み進め、何度も繰り返し読んだ。
書店でも、まず探してしまう作家の一人だ。
(最近、なかなか売ってないのだ。『ロカノンの世界』が読みたいのだが)

そのちょいハピさんのブログの中に「そうだ。そうだ」と声を上げたくなった記事があったので、トラックバックさせていただく。

 『セカチュー』への読まず嫌い、および村上春樹の枷 という記事だ。

わたしは最近の「感動」=「泣く」として、映画や文学が語られるのを好まない。
「いい映画だったよ~。感動してチョー涙出たもん」といったふうに。

感動ってのは、泣くだけなんでしょうか?
『セカチュー』もわたしは見てない。
ちょいハピさんと同じ理由で「恋人が若くして病気で死んで・・・云々」というストーリーが「お涙頂戴」に思えたからだ。

同じような理由で、わたしは戦争映画も見ない。
実際の戦争はもっと悲惨であったろうし、人間性も破壊されるような生き地獄であったろう。
それを綺麗に作って、涙を誘う作品に仕上げ商業にするというのが、嫌なのだ。
作られた戦争を見て「感動した」とか言っちゃいけない、と思うのだ。

最近封切られた日本の戦争映画は、イケメンの若手俳優をたくさん出して人気だが、製作発表の時だったか記者会見で
「もし戦争になったら、どうしますか?」という質問に
「行きます」と何人もが答えていて、それは製作の意図であったろうから「愛する人を守るために」と答えないといけなかったんだろうけど。
でも、でも。「戦争は起こしちゃいかん!」と答えて欲しかったなあ、とひとり勝手に落胆していたのだ。


話が脱線した。

「感動」の話です。

「感動して涙が出る」というのは、確かにある。
でも、感動ってそれだけじゃない。いろんな感動があるのですよ。
ちょぴハピさんのところで、山本周五郎の名を上げたのだが
「雨あがる」という映画は、とても良かった。
感動大作として長編の題名はよく上がるが、映画化するのにこの短編を取り上げた人って、いいなあ。と思う。
わたしは「ゆだんたいてき」も好きなのですが、映画にはちょっとなりにくいか(^^;

ワンパターンの感動ではなくて、いろんな作品を見て、いろんな本を読んで、もっと奥深いところで感動について語りあえたら・・・
マニアックになっちゃうんでしょうかね。

さてさて、まとまりのない文章であるが、昨年からちょいハピさんの記事をご紹介したいと思っていたので、やっと書けたことにほっとしているのである。
スポンサーサイト


  1. 2006/01/06(金)|
  2. 日々是好日|
  3. |
  4. トラックバック:1|
  5. コメント:6
<<歯医者さん | ホーム | 頑張るお嫁さんへ>>

コメント

私も全く同じで「セカチュー」は読まず嫌いです。
いかにもお涙頂戴的~本にせよ、映画にせよ、そういう紹介しかされていない~で、読む気がしない。
映画の宣伝からは、いつまでも死んだ恋人のことを思い、うじうじしている主人公という印象しかなかった。
にもかかわらず本は売れ、映画やドラマはヒットした。
なぜ、そんなにヒットしたのかという点には興味があるが、「感動します」「泣きます」というキャッチフレーズのものには食指が動かない。
少なくとも、まともな料金を支払って本を買おう、映画を観ようとは思わない。
戦争映画も同様。
「悲惨な戦争の中の感動ドラマ」
そんなものは必要ない。
そういうものを"売り"にする映画を観る気はしない。

でも、そういうキャッチフレーズで売れ行きが大きく左右するらしいです。
本の場合は、本についている帯にどう書くかがベストセラーを生むかどうかを左右するらしいです。

なんだか、「感動」とは外れたコメントになっちゃいました。(^_^;)
  1. 2006/01/07(土) 18:28:07 |
  2. URL |
  3. りゅう
  4. [ 編集]

ああ、嬉しい。
同じように感じてくださる方がいて。
こういうことを言うと「ひねくれ者」と言われるんじゃないかと、内心ビクビクしていたんです。
そこへ、ちょいハピさんが「我が意を得たり!」な文章を書いてくださったので、ちゃっかり便乗してしまいました(^。^;)

「感動します」はまだ良いとして「泣きます」というキャッチフレーズが付くと、げんなりしてしまう。
なぜ感動したら泣かないといけないの?
泣かずとも感動することって、いっぱいあるじゃないか。
「感動」=「泣く」という一つの図式しか思いつかないのか?

などなど、へそ曲がりなことを考えてうんざりしてしまうのです。

「セカチュー」も確か、作者ではなくて編集者がつけたタイトルだったと、どこかで聞いた記憶があります。
「売れるタイトル」だったのでしょうね。
  1. 2006/01/08(日) 07:53:32 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

「ひねくれ者」だなんて思いませんよ。
同じ考えの私が言うのもなんですが、マスコミの作ったブームに踊らされて左を向けと言われれば左を向く、右に走れと言われれば右に走るような人よりは、ずーーーーーーーーーーーーーっと、良いと思います。^^
最近、嫌なのは映画のスポットCMで、劇場から出てきて「涙が止まりませんでした」とか「感動しました」と言うのが駄目です。
興味があったのに、急速に覚めてしまいます。

でも、ひょっとしたら損な性格なのでしょうか?(笑)
  1. 2006/01/12(木) 01:24:52 |
  2. URL |
  3. りゅう
  4. [ 編集]

あ、同じだ~(^^)
あの手の映画のCMって、興醒めですね。

ちょいハピさんのブログでは「感動もスポーツ感覚で。ガーッと泣けばそれでいい」とコメントされていて、そういう傾向もあるのかも・・・と思いました。

心の機微に触れて感動する、というような繊細なのは流行らないんでしょうね。

わたしはケビン・ベーコンの「告発」という映画で、最後に主人公が足を引きずりながらも顔をまっすぐに上げて前を見つめながら歩くというシーンがひどく感動的で、事あるごとに他人に勧めているのですが、未だに観てくれた人はいないようです(^^;
  1. 2006/01/12(木) 01:35:06 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

(Ora Orade Shitori egumo)

 トラトラバババしちゃいます!
 ここの記事に触発されて、思い出したのですよ。永訣の朝。

 この表題は
 「オラ、オラで 一人 行くも」です。
 私は私一人で行くから・・・

 ちなみに、私の静かな感動作(映画)は「ウェールズの山」です。
 ガンガン来るような感動作はいっぱいあるんですけど、これはまた違った味わいで心に残ります。
  1. 2006/01/18(水) 05:32:36 |
  2. URL |
  3. フクフク丸
  4. [ 編集]

いやあ、朝から丸サマには泣かされました。

愛する人がこの世からいなくなるというのは、想像するだに恐ろしいことなのですが、心の中にいつまでも生きているよ。と、センチメンタルなことを言ってみたりして。

こういうときわたしが思い出すのは、いつも父のことなんです。
他界して7年経っても、父のことを思い出すと涙が出ます。
「愛している」というのは、こういう心の動きのことなんでしょうね。
  1. 2006/01/18(水) 07:46:53 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

コメントの投稿


トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://magnolia02.blog9.fc2.com/tb.php/173-b83cfbd0

ボタ雪と弱い涙腺

 先週末、久しぶりの暖気で辺り一面に積もった雪はより一層ギュッと密度を増しました。 屋根の雪下ろしもやりにくいったらありゃしない。 でも、本州の日本海側のように雨が降っ
  1. 2006/01/18(水) 05:32:58 |
  2. フクフク丸のあずましいblog
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。