magnolia~日々是好日

雑記帳。日々のできごと。思いつくままに。 本館『magnolia』の日記代わり。

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「白」と「黒」

「赤と黒」といえばスタンダールですが、
と言ってもその名作をわたしは読んでいません(^^;

昨日からの話の続きで、夫はわたしのことを「白黒つけたがる性格だ」と言う。

わたし自身は、大人になってずいぶんと曖昧なことも許せる性格になってきていると思っていたので、ちょっと心外だった。


思春期の頃。
世界が全て敵のように思えて、その頃のわたしの中には「白」と「黒」しか色はなかった。

「グレー」なんて色は許せなかった。

そう。言いかえれば「善」と「悪」しかなかったのだ。
中立なんてありえない。

何かあった時には、キッパリと自分の考えを言い、自分の立場をはっきりさせる。
「え~、でもどっちの気持ちもわかるゥ~」なんていう考えは無かった。

「悪いことは悪い」
そしてそれは許せないことだった。トンガッテいた。


しかし、年齢を重ねるにつれて「まあ、グレーでもいいんじゃないの?」なんて思えるようにだんだんとなり、
己の姿勢や行動を省みて、恥じ入ったり謝ったりしながら、なんとか普通に社会でも折り合いをつけることを覚えた。


そう思っていたのだが、夫に言わせると
「白黒つけたがって、自我が強い」らしい。
「だから、病気になる」と断言された。

そうなんだあ。
まだまだ人間が出来てないんだなあ。
とんがりも少しずつ取れて、先っちょくらいは丸くなってると思ってたんだけど。

この病気が性格のせいなら、性格から直さないといけないねえ。
難問だわ。
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  1. 2006/03/01(水)|
  2. 夫婦|
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  5. コメント:4
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コメント

批判し倒すか、背中を押すか

 はいは~い。グレーな者です。
 性格なんて治んない。だって、性格は病んでないもん。
 そりゃ「特徴」ですから。

 私は基本的にいつもニコニコ笑って、黙って聞いてるタイプです。
 ただ、誰も触れたがらないでなあなあで済まそうとする事を問題点として提示するヤツです。
 「ここは下がったらダメだ」というラインは自分の中にあります。

 私は基本的に自分を押し通して「敵」を作るのは時間の無駄だと考えています。相手をやり込めるのが嫌いなんです。
 
 自分の立ち位置を自分で線引きするのではなくて、多分、相手に理解させようとしているんだと思います。
 それがグレーです。如才ないです。
 相手の受け取り方に委ねる。
 自分の立場的にはグレーなんだけど、相手からみたら白にも黒にも見える。

 「フクフクさんってズルイよね。相当。」
 「フクフクさんって純粋。」

 私にして見ればどーでも良いんです。
 若い頃はどっちを言われてもショックでしたが、今はどっちを言われても「あ、やっぱ分かります?」とか言ってます。
 その人にそういう風に見えるならそうなんですよね。

 他人の目に映る自分を受け止められる事が
 「丸くなる」ってことかな?

 なんて木蓮サンの記事を読んで考えました。
  1. 2006/03/02(木) 05:31:58 |
  2. URL |
  3. フクフク丸
  4. [ 編集]

たぶん、やっぱ「良い子ちゃん」で居たいんですね。
幼児期のの強迫観念というか、良い子で居なければ、親に好かれなければというのがあります。

で、だんだん知恵が付いてくると「親なんて」となり
それが外の世界にも向けられ、自分が一番偉いような気になっていくのです。
意見も言えないようなヤツは・・・ってな感じで。

今は、グレーですよ。
自分でできる限りグレーでいようとしています。

この「出来る限り」と思ってる辺りが、「白」か「黒」なんかな?

でも、少なくとも「自分は白だけども、相手は黒でもグレーでもいいや」とは、思えるようにはなりました。
だって、外から他人を変えることなんてできないし。
自分のことで手一杯なんです、いつも。
  1. 2006/03/02(木) 07:36:25 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

うちは母が「○○かくあるべし」ってのがきつい人で....
そのくせ、言ってることとやってることが一貫してない。
その母の娘である私は、「水に流す」ということができない性格。
あることがきっかけで(母は勝手に解決したって思ってますが)、私は母との「心の交流」を(心の奥で)拒否してます。
かれこれ15年以上になるかな。

実家に電話をするとき、よく「お母さんに代って」と言いますが、父のことが嫌いなわけではなく、「たまたま電話で聞きたいことに詳しいのが母なので(しかたなく)母に聞いている」だけなんだけど....

相手を変えることはできないんだし、自分が変わるか、どうしても合わない相手とは距離をおく(もしくは縁を切る)しかないんだけど、相手が実の親だけに...
  1. 2006/03/03(金) 19:25:32 |
  2. URL |
  3. 葉桜
  4. [ 編集]

実の親子でも、心の問題は難しいですね。
いや、実の親子のほうが、傷ついたときには奥が深いのかもしれませんね。
「血のつながりは・・・」とは言われますが、最期まで母を恨んで交流を経った人も知っているし、一概にはなんとも言えないものだなあと思います。

グレーを認めることは、自分が楽になることでもあるのかも。
自分は「白」か「黒」だけど、相手はグレーでもいいよ。って思うことは、相手に下駄を預けちゃうことだから。
自分のことはきっちり決めるけど、相手のことは相手の責任。
そういう気楽さなのかな、と今は思っています。
  1. 2006/03/04(土) 10:35:36 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

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