magnolia~日々是好日

雑記帳。日々のできごと。思いつくままに。 本館『magnolia』の日記代わり。

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戸塚ヨットスクールの特集を見て

日曜の朝、徳光さんが司会をしている「ザ・サンデー」という番組で、
戸塚ヨットスクールの特集を見た。

なんだかもやもやしたものが心の中に湧いてきて、吐き出したい気持ちになったのだけれど、
わたしは言える立場かな?と考えた。
子供がいないからだ。

子育ては大変なことだと思う。
自分たちが育った頃も「偏差値重視」「学歴社会」「受験戦争」などと言われたり、校内暴力もあったし、家庭内暴力の事件もあった。
親も色々苦労して考えて、決して裕福ではなかったけれども、懸命にわたし達を育ててくれたと思う。

わたし自身は、そういう苦労をしていないので、戸塚ヨットスクールに子供を預ける親のことをとやかく言う資格はないのかもしれない。
しかし、自分の身近な人がああいうところに「子供を預ける」と言ったら止めるだろうなと思う。

現在戸塚ヨットスクールには、10代から30代の子供が10人余り居ると言っていたと思う。
ニートとか不登校の子が多く、中には親に騙されて連れてこられた子もいるらしい。
「旅行に行こう」と言われて車に乗ったら、戸塚ヨットスクールで降ろされて置き去りにされたらしい。
「なぜ、ここに置いて行かれたのかわからない」と、その子は言っていた。

電話取材もアンケートも断る親が多い中、「子供を預けたい」と面談に来ていた男性がインタビューに答えていた。
その人の息子は高校生で、別に不登校というわけでも無く、毎日ちゃんと学校に行っているらしい。
父親が言うには「無口で、覇気がない」
「何か問いかけても返事がない」「会話がない」
戸塚校長の講演を2時間聞いて感銘したので、ここに息子を預けたいと言う。

戸塚ヨットスクールに子供を預けるには、年間500万近い費用がかかると言う。

そんなにお金を払ってまで、なぜ毎日ちゃんと学校に行っている子供を預けようと思うのか。
そのあたりが、ちょっとわからない。

「問いかけても返事が無い」と言うが、それは問いかける方が予め答えを想定して、それ以外の言葉は聞く耳持たないというパターンもあるんじゃないかな、と思った。
教師や、職場の上司にもいる。
何かを問われて、それに返答しようとすると
「こちらが聞いているのは、そんなことじゃない!」と怒り始める人。
自分の想定した返答しか受け入れない人。
そういう人が力のある立場にいると、下のものは黙るしかない。
その人の気に入るような返答しか受け入れてもらえないのだ。

それが親だったら。
そりゃあ、黙るしかないだろう。
特に思春期の男の子は、自分の心情を事細かに説明するなんて、そんなこと逆立ちしたってできっこないだろうなと思う。

親心というのは「這えば立て、立てば歩め」と言われる。
子供の成長よりも一歩先を望むものかもしれない。
何でもできる自分から見れば、できない子供が歯痒く感じるのだろう。
だから、口うるさく叱ったり、自分が望む返事が返ってくるまで問い詰めたりするのかもしれない。
それは子供のためを思って、という場合も多いだろう。
しかし子ども自身にとっては、ただうるさいだけなのかもしれない。
自分を振り返ってみると、そう思う。

わたしがもやもやとしたのは、戸塚ヨットスクールに子供を預けている親のほとんどは、
それが良い事だと思ってはいないように感じたからだ。
もし、「戸塚ヨットスクールは素晴らしい」
「ぜひ、ここで我が子を鍛えて欲しい」と思って入れたのなら、
取材やアンケートにも積極的に答えるのではないだろうか。
親自身にも、何か後ろめたい気持ちがあるから、取材にも答えられないのではないだろうか。

ある親のアンケートでは
「以前と同じような事故がまた起きたらどうしますか」という問いかけに
「もしそうなっても、それは子供の運命だと思う」と答えていた。

年間500万払って、そういう運命に子供を送り込む親。
地獄だなあ、と思った。

どうしたらいいのかは、わたしにはわからない。
もやもやするのも、わたしが子育ての苦労を知らないからかもしれない。
けれど、この気持ちに区切りをつけるため文章にしてみた。
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  1. 2006/10/11(水)|
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  4. トラックバック:0|
  5. コメント:7
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コメント

同感。

本人が望むのならともかく、だまして連れて来て預けてしまうなんて、ワタシが子供だったら、そんな親への不信感が募るばかりだと思います。
昨日、テレビ番組で教師の集団が出てまして、体罰に関しての討論などもありました。
しょーもない先生が多いのも事実で、見ていてこっちが恥ずかしくなりました。
戸塚ヨットスクールの教育方針もよくわからないんですけど、子供を思って年間500万も出せるんなら、もっと別の方法があるような気が・・・。

  1. 2006/10/11(水) 21:21:10 |
  2. URL |
  3. レンゲ
  4. [ 編集]

こんなハズじゃなかったのに。

 子供は勝手に育つと思っている。
 しかも、親が思っているとおりに。
 だって、俺の子供なんだから
 俺の姿を見てれば勝手にそうなるに決まってる。

 あれ? おかしいな?
 なんだか俺の考えてることと違うことしてるぞ!?
  
 おいおい、おまえは一体何を考えてるんだ?
 俺の子供のくせにそりゃないだろう?
 
 こんなハズじゃなかったのに。
 ああ、どうして良いのか分からない
 え?こんな子供でも真っ当にしてくれる学校があるのか?
 じゃあ、そこに・・・

 
 子供がそういう状況に陥ってしまった事に対する奇妙な罪悪感や責任感、あるいは敗北感が親にはあるのではないでしょうか?さすがに、そう思えばインタビューにも答えられないし。堂々と「子育てに失敗したから、責任を丸投げしてます!」とは言えないでしょうし、ましてやそれすらも思ってないで、上記のように子育ては放任、子供の成長には無責任で常に「なんで?」「どうして?」って言って親が多いのは感じます。
 
 尊重すべき個性とか人格が育っていないうちから、言葉の上だけでそれを尊重するようなことを言い出したり。人格や個性がある程度形成されるまでに通過する出来事や経験の全てが子供にとって、あるいは周囲にとって「良い」とされることばかりではありませんよね。悪事にも興味があるだろうし、やってみて初めて後悔と反省とともに得るものもある。
 でも、やっぱり思い通りにならない子供がもどかしい。自分の理想どおりの子供でない子供が疎ましい。

 ・・・子供はアナタのアクセサリーじゃないんだよ。と言ってやりたくなるような親はホント、たくさんいますよ。


 戸塚ヨットスクールで人生の根幹を学ばねばならないのはどうやらその親の方だと思うのですが・・・。  
  1. 2006/10/12(木) 05:36:00 |
  2. URL |
  3. フクフク丸
  4. [ 編集]

> レンゲさん

そうなんですよね。
預ける親も色々考えてのことなんでしょうけど、十数年以上育ててきた子供を「たとえ死んでも、それは運命だから」という所に親自らが追い込んでしまうというのは、恐ろしくて哀しいことだなと思います。

体罰に関しては、否定派と容認派では温度差があるように感じることがあるんです。
容認派は「叩かなきゃわからないときもある」と、子ども自身に危険がある時のことなどを例に出しますが、
それは体罰ではないと思うのですよね。
小さな子を相手にしている時に、とっさに「ダメでしょ!」ビシッ!と叩く時だって、あると思うのです。
刃物や火に向かって手を出したりしている場合、言って諭す暇はないですからね。

反対派が言っている体罰というのは「懲らしめのために叩く」ことで、それを容認して力のあるものが優位に立つことはいけない、ということだと思うのです。

頑固親父がいたずら小僧を「こらっ!」ゴツン!とやるのは、体罰か否か?
そこに、子供に対して毅然とした考えや愛情があるならば、わたしはそれは「体罰ではない」と思えるのです。
子供が育っていく過程で「怖い存在」というのは、必要じゃないかなと思うからです。

しかし、それも根底に「愛」があるからこそのことであって
「子供なんか、殴らなきゃわからない」という考えではありません。
愛情持って育ててくれる親からの「ゴツン!」だからこそ効くのであって、むやみやたら殴ればいいってもんじゃないと思うのです。

戸塚ヨットスクールの指導方針というのは、しごいて強くするということらしいのですが、「まず体罰ありき」という考えは、違うんじゃないかなあと思うのです。
子供たち自身が、戸塚校長の考えに賛同できるなら、効果があるかもしれませんが。
  1. 2006/10/14(土) 03:27:30 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

> フクフク丸さん

> 「子育てに失敗したから、責任を丸投げしてます!」

そうなのかあ。やっぱり、そうなんですかねえ。
わたしのもやもやの原因も、きっとそこにあるわけで。
親自身が決して良いとは思っていないのに、そこに預けなければいけない。
そこに親の後ろめたさがあると思う。

しかし、親は「後ろめたい」と思いながらも内心ほっとしているのかも。
暴れたり、家族に暴力をふるったり、包丁持ち出したりする息子が目の前からいなくなって。

でも、子供自身は救われないよね。
親の思い通りに育たなかったから捨てられた、って気持ちになりますよね。

何だかおかしいぞ、と思うことはたくさんあるのですが、
自分には経験がないだけにわからない部分もあるんだろうな、と思ったりするのです。
  1. 2006/10/14(土) 03:58:32 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

みんなわかってない

自分の子供に半殺しにされ、警察に通報しても民事不介入で
助けてはもらえない。

保健所も児童相談所もタテマエばかりで5時になったら
「また来週、来てください」

それを経験してから、あなたらのこの世からの意見を述べてもらいたい。

地獄にいる我々がどれほど苦しんで施設に預けたかわからないなら黙ってて欲しい。

子供の蹴られて脳挫傷になったり、腕折られた親にも子供に対する体罰は駄目なのかな?

体罰しとけば、子供にも人の痛みがわかるんですよ!

体罰無しでまともな教育はできません(キッパリ)
  1. 2007/12/21(金) 22:06:10 |
  2. URL |
  3. 現場 太郎
  4. [ 編集]

> 現場太郎さん

どうしてその子供は親を殴るのでしょうか。
わたしは親に体罰は受けないで育ちましたけれども、
他人に暴力を振るったことはありません。

> 体罰無しでまともな教育はできません(キッパリ)

とても恐ろしい言葉ですね。
  1. 2007/12/22(土) 11:02:15 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

追加で

書いた後に気付いたのですが、
わたしは誰からも殴られないで、今まで誰も殴ったことのない人間になった。
現場太郎さんは、殴られて教育されて、子供を殴って教育する大人になった。

スタート地点が違うのですね。

「親を殴る子をどうする」という問いかけに、わたしは「殴るような子に、なぜなったか」
という原因があるのでは?と思うのです。

西洋医学と東洋医学の考えのように、お互いに相容れない視点の違いがあるようです。

記事を読んでいただいたらおわかりいただけるかと思うのですが、
預けた親を一方的に非難しているわけではないのです。
この記事は1年以上も前に書いたものですが、あなたがわざわざ検索してここにたどり着いたということは
そして、何日か経って、何か一言言わないと気がすまないと思ったということは、
あなた自身にも何かもやもやとしている、割り切れない気持ちがあるからではないでしょうか。

年末年始。クリスマスにお正月。冬休み。
子供にとっては楽しい時期です。
戸塚ヨットスクールの子供たちも、家に帰るのでしょうか。
  1. 2007/12/22(土) 11:32:35 |
  2. URL |
  3. 木蓮
  4. [ 編集]

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